四肢を持たない新種の哺乳類を発見
「アフリカの小ギアナ高地」に、白亜紀に絶滅したはずの真三錐歯類が生き残っていた
(撮影=Poisson d'avril)
3月22日付けの学術誌「Terrestrial Ecology Progress Series」で、オックスフォード・ブルックス大学の Julian Bayliss 教授率いる研究チームが、四肢を持たない非常に奇妙な新種の哺乳類を報告した。細長い体つきで体毛のないこの哺乳類には、「リコ山で見つかったヘビのような三錐歯類(*1)」という意味の Ophiotriconodon licoensis という学名が与えられた。
アフリカ、モザンビークのリコ山は断崖絶壁に囲まれ、周囲とは隔離された独自の生態系をもつ。このことからシャーロック・ホームズシリーズでおなじみのアーサー・コナン・ドイルの初期のSF小説「The Lost World」の舞台のモデルともなった南米北部のギアナ高地になぞらえ、「アフリカの小ギアナ高地」と呼ぶ研究者もいる。Bayliss 教授らは2012年に、Google Earth の衛星画像の解析によってこの花崗岩でできた山を発見し、地質や動植物相の調査を行っていた()。
「目を疑いました」と語るのは、Bayliss 教授の研究室の大学院生でこの哺乳類の第一発見者である Poisson d'avril 氏。「斜面にある穴からネズミの顔のようなものが覗いていたので、ゆっくり近付いたんですがこちらの様子に気付いたのかすぐに引っ込んでしまったんですね。撮影するため、1時間近く穴の様子をうかがっていたらソロソロと這い出してきて、その珍妙な姿に思わず大声を上げてしまいまったんです。もちろんまたすぐに穴に戻ってしまい、今度は3時間以上待たされました(笑)。」
研究チームはこの個体をヘビ用のトラップを使って捕獲し、麻酔やレントゲンを用いて傷つけない範囲で詳細に解剖学的検討を行った。ケンブリッジ大学動物学講座古脊椎動物グループの Jenny Clack 教授が特に注目したのは臼歯の構造である。その形状は、白亜紀後期に絶滅したとされる真三錐歯類に酷似していた。その他頭骨や頚椎の形状から、 Clack 教授は真三錐歯類の生き残りであると結論づけた。残念ながら捕獲された個体はオスで、彼らがカモノハシのように卵を産むのか、カンガルーのように未熟な子を産むのか、それとも我々ヒトのようにある程度大きくなった子を産むのかは現時点ではわかっていない。
真三錐歯類の系統的位置づけ
現生哺乳類は大きく三つのグループに分けられる。ヒトをはじめとした胎盤をもつ真獣類(≒有胎盤類)、未熟な状態で子供を産みお腹の袋で育てるカンガルーなどの後獣類(≒有袋類)、そして総排泄孔をもち卵を産むカモノハシなどの原獣類(≒単孔類)である。このうち真獣類と後獣類は姉妹群であり、まとめて「獣類」と呼ばれる。真三錐歯類は原獣類よりも獣類に近縁とされているが、このような系統的位置には3500万年前の漸新世前期に絶滅した多丘歯類など他にもいくつかの分類群が存在する。
中生代における真三錐歯類の多様性と生態的地位
真三錐歯類はかつて「伝統的な」中生代の小型の食虫性哺乳類とみなされてきた。しかし長年にわたる発見の蓄積により、この時代最も多様化した哺乳類の一群であることが判明している。その身体設計から、様々な生態的地位や移動方法を伺うことができる。モグラ様の小型の食虫性のものから50cmにもなる脊椎動物食に特化したものまで見つかっている。こうした大型のものは当時の動物相を構成する哺乳類中では最も高次の捕食者の地位を占めていたとみられる。いくつかの種からは腐肉食性であった証拠も見つかっている。
真三錐歯類は白亜紀前期に多様性のピークを迎えるが、白亜紀後期になると変わって後獣類が多く出現する。白亜紀中期に食虫性および肉食性の真三錐歯類の化石が大きく減少していることから、これは真三錐歯類が後獣類とのニッチ争いに破れたというよりも空白になったニッチに後獣類が進出したのであろうとみられている。
四足動物における四肢の退化
脊椎動物のうち魚類(無顎類含む)を除いたものは単系統群を形成し、このグループは四足動物(Tetrapods)と呼ばれる。四足動物とはいうものの、いくつかの系統では前肢や後肢あるいはその両方を失っているものもある。四肢がほぼ完全に失われた事例で最もよく知られているのはヘビであろう。両生類ではアシナシイモリがヘビによく似た外観をしている。
有鱗目での事例
特に有鱗目(ヘビ・トカゲ)の系統では、ヘビ以外にもヘビの様な体つきを独立に進化させた例が少なくとも25回確認されている。例えばミミズトカゲ亜目では190種すべてに脚がない。他にも四肢を完全に失ったり痕跡的になってしまった種を多数含む科がいくつかある。ヘビやトカゲでは四肢の喪失はなぜ起きているのだろうか。代表的なグループであるヘビ類について見てみよう。ヘビの骨は大抵小さく脆弱なため化石記録に乏しく詳しい進化の歴史はわかっていないが、その起源には大きく2つの説がある。
地中棲トカゲ起源説
ヘビが白亜紀の地中棲のオオトカゲやその近縁なグループから進化したことを示唆する化石が見つかっている。初期のヘビである Najash rionegrina は仙骨をもつ二本足の地中棲の動物で完全な陸棲だった。似たような現生種にボルネオ島のミミナシオオトカゲがある(ただし、この種は半水棲でもある)。地中棲の種は穴を掘るのに向いた流線型の身体を進化させることがあり、とき四肢を失う。この仮説によると、透明な癒合した瞼や外耳の喪失は、角膜が傷つくことや耳に泥が入るといった地中生活ならでは困難への適応と考えられる。
モササウルス類起源説
この仮説は形態学に基づき「ヘビの祖先は白亜紀にいた水棲爬虫類であるモササウルス類に近縁な仲間である」と主張する。モササウルス類もまたオオトカゲ類から派生したと考えられている。ヘビの癒合した透明な瞼は角膜を浸透圧から保護するよう進化したものであり、四肢や外耳は力学的抵抗を減らす適応として消失したものと考える。初期の化石ヘビ類は、白亜紀後期初頭の海成層から見つかっていること、特にそれらが Najash よりも古いことがこの仮説を補強している。
近年の遺伝子による系統解析からヘビ類はこれまで考えられていたほどオオトカゲ類と近縁ではなく、従ってモササウル類とも同様であることが示されている。しかしながらモササウルスとヘビを結びつける証拠はモササウルスとオオトカゲのものより多い。またジュラ紀や白亜紀前期の断片的痕跡はこれらのグループの歴史が更に遡ることを示しており、どちらの仮説も否定されることとなるかもしれない。
四肢のないハリネズミ
これまで哺乳類において唯一四肢をもたなかった可能性を示唆されていたのは、漸新世後期から中新世前期の北米にいた Proterix 属のハリネズミ(*2)である。頭部以外の化石はごく僅かしか見つかっていないが、頑丈な頭部は地中で穴を掘るのに適しており現在のミミズトカゲと似たような暮らしをしていたのではないかと考えられている。腰椎の部分が長く構成する骨の数も異常に多いこともこの説を補強している。しかし全身の骨が見つかるまでは四肢がなかったという考えは憶測の域を出ないと考える研究者が多い()。
遺伝子操作によって四肢を失ったネズミ
2016年スイス大学とカリフォルニア大学の研究チームは、CRISPRと呼ばれるDNA編集技術を使ってマウスのZRSと呼ばれる部分の配列をヘビと同じものに置換した。これによりそのマウスの四肢の発生は止まった()。ヘビやその他のZRS遺伝子を比較したその後の研究により、わずか17塩基対の消失によってヘビの四肢が失われたことが明らかとなっている。つまり僅かな変異で脚を失うことは可能なはずであるが、哺乳類を含む単弓類の系統でこれまでヘビのような移動方法をとるものが上記ハリネズミを除いて知られていないのは不思議なことである。
体毛をもたない地中棲の哺乳類
今回みつかった哺乳類は体毛をほとんど持ち合わせていない(*3)。無毛で地中棲の哺乳類といえばハダカデバネズミである。ソマリ半島を中心としたアフリカ東部に分布するネズミの一種で地中にアリのような巣をつくり集団生活を営む。さらに面白いことに、アリと同様生殖カーストがあり巣には大抵一匹の女王ネズミがいる(*4)。
特記すべきは体温調節の仕組である。ハダカデバネズミは典型的な哺乳類とは異なり体温は周辺の温度に追随する(外温性)。しかし外部環境に左右されない明瞭な体温と活動のリズムが存在するとの主張もある。また周囲の温度が摂氏28度を超えると「酸素消費量と外温との関係」が外温性の様式から恒温性の様式に変わるとの報告もある。環境温度が低いとき、ハダカデバネズミは行動を通じて体温を調節する。すなわち体温の低い個体は互いに密着したり、太陽によって温められた地表近くへと移動を行う。逆に体温が高くなると巣の深いところへと引っ込むのだ。こうした体温調節の仕組みや行動が体毛の退化につながっていったのではないかと考えられる。
発見された哺乳類の生態はまだわからないことばかりだが、こうしたハダカデバネズミに似た生理や生態をもっている可能性は考えられるだろう。
比較をして理解するということ
比較というのは物事を理解するのに非常に有用であると Bayliss 教授は主張する。「今回行われたような検討を行う学問を比較解剖学と呼びます。私は天体にも興味をもっているのですが比較惑星学という分野があります。地球の構造や歴史を理解するには地球だけを見るのではなく、他の太陽系の惑星や可能であれば別の恒星系の惑星と比較することでより深い洞察が得られるのです。」
今後の展望について Bayliss 教授はこう語った。「現存する既知のいずれの系統にも属さない現生種の発見は哺乳類の系統間の比較を行う上で重要な足がかりとなるでしょう。今後、彼らの生態を観察したり、DNAの塩基配列の解析などを合わせて行うことで、なぜ彼らや他の系統の哺乳類が絶滅してしまったのか、現生哺乳類がどうのようにして様々な形質を獲得していったのか詳らかにしていきたいです。」
(文=Stulti dies / 翻訳=駟月麒一)
注
1)三錐歯類の分類の変遷
三錐歯類(Triconodonta)という用語は、臼歯の歯冠にある三つの突起が一列にならぶ形質をもつ初期の哺乳類の目を示すものとして長い間使われてきた。当初三錐歯目は三錐歯科(Triconodontidae)および、後に Amphilestidae に割り当てられることになる分類群のみを含んでいたが、その後モルガヌコドン類やシノコノドン類を含むよう拡張された。ところが系統解析を行った結果、この分類群は多系統群であることが判明。そこで三錐歯目のうち獣類(Theria=真獣類+後獣類)に最も近い単系統群を取り出し「真三錐歯類(Eutriconodonta)」と名付け、旧三錐歯目は解体されることとなった。
2)ハリネズミはネズミじゃない
ハリネズミはモグラなどと同じ真無盲腸目の動物であり、齧歯類に属する一般的なネズミとは全く異なる動物である。遺伝子解析の結果から、系統的にはネズミよりはクジラやネコに近い動物であることがわかっている。
3)体毛をもたない哺乳類
体毛をほんとんどもたない哺乳類には我々ヒトの他、ゾウやサイなど低緯度に棲む大型のものやクジラなどの水棲種などが挙げられる。ゾウやサイなどでは体温が上がりすぎるのを防ぐため、クジラなどでは水の抵抗を減らすための適応であると考えられている。
人類が無毛になった理由には諸説あるが、エクリン腺(熱の放散に便利な水分の多い汗を出す)が哺乳類中で最も発達していることなどをみるとやはり体温の上昇を防ぐためと考えるのが妥当であろう。人類が森林での生活をやめ熱帯の草原で動き回るようになったことや、熱に弱い脳が大きく発達したことが影響しているといわれている。
4)真社会性
このようにコロニーの内部で共同で子育てを行い、生殖カーストをもつような動物の特性を「真社会性」と呼ぶ。アリやハチで有名であるが他の多くの昆虫や十脚類のテッポウエビ科などでも見られる。哺乳類ではハダカデバネズミと、同じデバネズミ科のダマラランドデバネズミの二種でのみ知られる。